初・エディト!
初・エディト!なんて素敵な響き!サイト作り自体が終わり、ようやく記事などに専念できる!と、ここだけの話ですが、鼻歌を歌いながら打ち始めたような気がします。笑ってやって下さい。
初・エディトだけあって、最初から社説らしい社説が書きたかったですが、Le pont de soieをサイトオープンしたばかりで、今週はフランスで起きたことや年行事に集中させて頂きますので、仕方なく今回のエディトは「今週の更新予定」に近い感じです。
正直に言いますと、緊張しています。
何より、当サイトで皆様がまだ知らなかったフランスや、見慣れすぎて見えなくなった日本を紹介できればと思います。
先ず、ヨーロッパを襲った、十数年に一度の大寒波に触れることにしましたので、心まで温めるホットココアの作り方をアップせずにいられませんでした。
あと、異常気象のせいでカーニヴァルを満喫できなかった方が多かったですが、カーニバルと言えば、私の中に流れるニース人の血が騒ぎます!当然ながら、記事とレシピをアップする予定で、ご興味があれば、是非Le pont de soieまで足を運んで下さいませ。
なにとぞ今後ともよろしくお願い致します。
「フランス式おいしい肉の教科書」発行!Un rendez-vous avec Arthur Le Caisne
いよいよクリスマス、、、ではなく、待ちに待った「フランス式おいしい肉の教科書」の発行日です!
フランス式おいしい肉の教科書 Amazon
著者のアルテュール・ル・ケンヌ(Arthur Le Caisne)は元々名の知れたアートディレクターですが、自他ともに認める料理好きで、2013に書いた『La cuisine, c'est aussi de la chimie(料理は化学でもある)』(未邦訳)があっという間に8刷りを超えたベストセラーになりました。
料理研究家という肩書が正式にできたル・ケンヌ氏ですが、サイン会ではもちろんですが、SNSでも相変わらず偉ぶらずに誰にもわかりやすくも正確にレシピや、料理の常識などを説明してくれるのが非常にありがたいです!必然的にフランス人料理ブロッガーに最も愛されている著者の一人になりました。
「フランス式おいしい肉の教科書」は既に9か国で翻訳出版されており、フランスで前作以上の大ヒットです。
『La cuisine, c'est aussi de la chimie(料理は化学でもある)』を読めば、ル・ケンヌ氏がどれほど肉料理に興味があり、肉料理に拘っているのは一目瞭然ですが、面白いことに「フランス式おいしい肉の教科書」のベースになった企画を考えたのは彼ではなく、マラブー出版の書籍編集長・エマニュエル・ル・ヴァロワ氏だったりします。
2年以上かかりましたが、世界中のお肉料理だけでなく、食肉業とその「技法」まで研究したル・ケンヌ氏の「フランス式おいしい肉の教科書」はシェフでも、単純に肉料理が好きな方でもむさぼり読める貴重な一冊です。
菜食主義や完全菜食主義が流行っており、お肉をテーマにした本を書くのをある種の挑発と思われるのではと気になっていましたが、ル・ケンヌ氏によれば、「人がかなり前から週3~4回しか肉を食しなくても十分なのも知っているし、昔のように毎日肉を食べなくても、最近流行りのヴィーガン主義やら菜食主義がメデイアが見せたがるほど一般人への影響が大きくなくて、フランスの経済的に恵まれていない社会層では肉を特によく食べる」とのこと。
・・・実際に、「フランス式おいしい肉の教科書」は9か国でベストセラーと形容できますので、食肉業者がまだ心配しなくても良さそうです。
日本とフランスとでは、「お肉」や「食肉業」に対する態勢が全く異なっていながら、[フランス人として驚いたりすることがないこともないけれど、分かち合いたければ、先入観と偏見を持たずに受け入れれば何もかもシンプルになる」と仰るル・ケンヌ氏の言葉に心を打たれました。
読者に誤った情報を伝えないように、日本に関する章をガストロノミー界で有名なジャーナリストで著者の増井千尋氏に態々読ませ、チェックさせたル・ケンヌ先生の謙虚さに感動せずにいられません。
読者にそこまで気を遣う著者が割りと少ないですが、元々他の分野で認められ、活躍していたル・ケンヌ氏の場合、始めに料理への愛あり、と断言できるのでしょう。
毎日料理ができなければ、それが何より悲しい!と言う彼は家族思いの夫と父でもある。超能力を与えられれば、どんな「力」が欲しいかと聞いてみましたが、「亡くなっても妻と子供を見守れる力」と躊躇せずに答えてくれました。
アルテユール・ル・ケンヌという人間を尊敬せずにいられないのはもう私だけではない筈です!
最後にル・ケンヌ氏の「フランス式おいしい肉の教科書」を買おうと思うプロや料理好きの皆様へのメッセージをお伝えさせて頂きます。
「毎回毎回肉を食べる必要がない。自由とは、好きなように料理をすることだ。」
「他人の言うこと全てを信じるな。色々比べて、試して、そして更にうまく料理できるように、何をしているかを理解しろ」、とのことです。ル・ケンヌ先生に見習い、頭を使ってがんばりましょう!
以下、ル・ケンヌ氏のフランス語でのインタビュー
A l'origine de l'article ci-dessus,un entretien avec Arthur...
簡単パン・デピス pain d’épices facile
パンデピスは昔からフランスの定番おやつの一つとして知られており、蜂蜜とジンジャーが入っているので寒い時期に更においしく頂けます。
本日は作りやすくて、お好みに合わせていくらでもカスタマイズできるレシピを伝授します。
簡単パン・デピス pain d'épices facile
材料
(6人分)
小麦粉・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・200ℊ
ベーキングパウダー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小匙1
卵・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1個
無塩バター・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100ℊ
牛乳・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・100㎖
蜂蜜・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・220ℊ
粗糖・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・60ℊ
シナモンパウダー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小匙1
ジンジャーパウダー・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・小匙1
ナツメグ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1ℊ
グローブ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1ℊ
オプション
オレンジピール、レモンピール、オレンジの砂糖漬け
スイートオレンジのオーガニックエッセンシャルオイル
干し葡萄 ナッツ等
飾り用に パールシュガー
*ポンドケーキ型
作り方
下準備
型の準備をする。
オーブンを180℃で予熱する
無塩バターを雑に切り、オーガニックまたは農薬ナシのオレンジがあればオレンジ一個分のゼストを取り除く。
カップに干し葡萄(大匙1~2)を入れ、お湯を注いで15分膨らませる。
1・鍋で牛乳を温め、沸騰させずに蜂蜜・粗糖・塩・バターを加え、溶けるまでゆっくり混ぜる。
2・ボウルに小麦粉を入れ、ベーキングパウダーを加え混ぜてから、①を加え、よく混ぜる。
3・シナモンパウダー・ジンジャーパウダー・ナツメグ・グローブ・オレンジのゼスト(+オレンジピールの砂糖漬けまたはスイートオレンジのエッセンシャルオイル或は干し葡萄かナッツなど)と卵を加え混ぜる。
4・ポンド型に流し入れ、(パールシュガーやオレンジピールを塗してから)40分くらいオーブンで焼く。
冷めてから型からはずして、食べます。蜂蜜が入っており、案外日持ちしますが日本は湿気が多いのでやはり蓋つきの保存容器に入れましょう。そのまま食べられますが、トースターで温めてみて下さい。バターとオレンジマーマレードでも塗ってみるとお紅茶とよく合うおやつになりますが、フランス人のようにフォワグラに添えたりすることもできますし、アぺリティフにもお勧めです!
和サブローツアー!
和和サブローファンの皆様!とても嬉しいお知らせがあります。
春のライブ#1に続き、21日から、和サブローさん達がツアーに出ます!!!!
☆4/21 sun
東京 赤坂B♭
http://bflat.biz
和サブロー(Vo) 中島徹(P) Tommy (Tb)
坂井美保(B)
18:00 開場/19:00 開演
6000円
☆4/22 mon
東京 柴崎 さくらんぼ
http://sakuranbojazz.com
Tommy (Tb) 増原厳(B)
19:30 Start 3000円
☆4/23 tue
東京 池袋 Absolute Blue
http://absol.blue
「ふらっと深夜」
Tommy (Tb)ソロ
22:00 Open/22:30 Start/24:00 Close
500円 別途1ドリンクオーダー
☆4/24...
和サブロー ライブ・イン・京都
ファンの皆さん、喜べ!
6月5日、京都のライブハウスで和サブローが歌います!
和サブロウさんが初めて歌うライブハウスはBonds Savary 祇園です(南座の向かいのビル)。
1930年、40年代フランスにジャズが浸透した時代の歌を歌うと仰る和サブローさんの無二の声と、中島徹さんのピアノと坂井美保さんのウッドベースそれに初めてのYu-Maさんのヴァイオリンのトリオを満喫できるチャンス!
ちょっといつもとはちがう音が聞こえる夜になると約束してくれている和サブローさん。
2019年6月5日(水)
open 18時、start 19時
5000円(別途ドリンク、フード要オーダー)
ご予約・お問い合わせ 「ワサボントン」
✆ 080-6146-4233
メールwasawasajap@yahoo.co.jp
KaTaCHI
藤間信乃輔さんと豊剛秋さん(笙)、中井智弥さん(二十五絃箏)の新ユニット「KaTaCHI」(初演)が5月26日(日)紀尾井小ホールにて開催され、6月1日、白山市松任文化会館で開催されます。
5月26日(日)紀尾井小ホール(東京)
KaTaCHI〜序章〜 初演
初演なだけにチケットが完売となりましたが、席がほんの少ししか残っていませんけれど、6月1日白山市松任文化会館ピーノでも開催されます。
6月1日(土)白山市松任文化会館ピーノ
KaTaCHI〜序章〜
指定席 残り4席
自由席 残り僅か
紀尾井ホール
KaTaCHI~序章~悲愴からの大歓喜
2019年5月26日(日)
開場13時00分開演14時00分
紀尾井ホール 小ホール(東京都千代田区紀尾井町6-5)
全席自由¥4500 発売日1月11日(当日5000円)
プレイガイド:紀尾井ホールチケットセンター
03-3237-0061 (10時~18時 日・祝休)
出演:豊 剛秋(笙)中井 智弥(二十五弦箏)藤間 信乃輔(舞踊)
曲名・演目:悲愴第二楽章 チャルダッシュ 長唄 越後獅子 花のように 枯葉 他
白山市公共ホール愛称命名決定記念公演
「KaTaCHI~序章~」
2019年6月1日(土)
会場13時半・開演14時
白山市松任文化会館
チケット 種別/料
指定席/3500円
A自由席/3000円
B自由席/2500円
高校生以下/1000円
(B自由)
出演:豊 剛秋(笙)中井 智弥(二十五弦箏)藤間 信乃輔(舞踊)
主催/KaTaCHI実行委員会
共催/白山市/白山市教育委員会/白山市文化協会/一般財団法人白山市地域振興公
藤間信乃輔公式HP
https://www.shinnosukef.info/
グテにはクラミークはいかが?
もう11月です。おやつの時間に心まであたたかくなるおいしいコーヒーとブリオッシュが恋しい時期なので、久しぶりに祖祖母のレシピに挑戦したくなりました。ここだけの話、祖祖父が北フランスの出身で、二人が北フランスで暮らしたことがありましたので、いくら南の出身でも祖祖母がが北フランスのレシピを自然に料理帖に加えました。
クラミク、またはクラミークとは元々ベルギーのブリオッシュです。"お隣"の北フランスでも人気があり、フランス人から見れば「北」の伝統のレシピと形容できます。ベルギーでなら、基本的に干し葡萄が入っていますが、北フランス人がパールシュガー入りのバージョンを考えました。ので、本日はフランスで生まれたバージョンを伝授させて頂きます。
作りやすい一品で、初めてブリオッシュを作りたいと思う方にお勧めのレシピですが、多少時間がかかりますのでご注意下さい!!
材料
(6人分)
小麦粉・・・・・・・・・・・500ℊ
ドライイースト・・・・・・・5ℊ(1袋)(もちろん生イーストでも可)
グラニュー糖・・・・・・・・40ℊ
塩・・・・・・・・・・・・・2,5ℊ
卵黄・・・・・・・・・・・・卵2個分+(生地に塗る)卵1個分
牛乳・・・・・・・・・・・・300㎖
無塩バター・・・・・・・・・70ℊ
パールシュガー・・・・・・・約100ℊ
*丸い型(30㎝)
作り方
下準備
●無塩バターを室温で戻す。
●イーストの準備をする 牛乳を温め、イーストを加え混ぜてから10~15分休ませる。
1・ボウルに小麦粉・イースト・グラニュー糖・塩・無塩バター・卵黄(x2)を入れ、手で練り混ぜる。
2・十分膨らむように、暗くて温かい場所で1時間~1時間半休ませる
3・生地が膨らんでから、仕事台に小麦粉を塗し、生地を手で雑に伸ばす。
4・真ん中にパールシュガーの半分を乗せてから、再び生地を手で丸める。
丸い型があれば、型の準備をして、丸めた生地を型に移す。型がなければ、オーブンの天板にベーキングシートを敷いて、そのまま乗せても可。膨らむように少し休ませる(約30分)
5・オーブンを予熱する(200℃)。生地に最後の卵黄を塗り、残りのパールシュガーを乗せ、オーブンに入れる。40分~50分焼く。
㊟非常にクリーミーなフランスバターをご使用の際、70gで大丈夫ですが、日本産のバターを使えば100ℊが必要になります。
●北フランスとベルギーでなら熱いコーヒーに添えて、まだ温かいまま、おやつの時間に食べるのが普通です。ホッとココアとも相性が特によく、非常に食べやすいですが、多少残っていれば、トースターで温め、朝食にもお勧めです!
「愛は死よりも冷酷」原 智広氏によるロートレアモン論
当分の間更新できずにいましたが、秋に入って間もない頃に、原智広氏からロートレアモン論を頂きました。ル・ポン・ド・ソワのために態々書いて下さったオリジナルで、掲載できるのを光栄に思います。
原氏とは意外にもSNSで知り合いました。お互い翻訳家仲間の友人で、多少シュルレアリストなことにシュルレアリズムに関するお話が切っ掛けで実際にお会うことになり、原氏の強引さとまだ幼さが残っていることに驚きつつ、理想を追う頑固さ、精神的な純粋さに心を打たれました。妥協せずに真っ直ぐ進む原氏の言葉に皆様も心を鷲掴みにされ、シュルレアリズムをもっと知りたくなる筈です!
「愛は死よりも冷酷」
私は反抗を日々の糧とする文学青年?にすぎなかった。生きるのも死ぬのも同じことだと思っていた。ランボー、ロートレアモン、セリーヌ、アルトー、ジャック・ヴァシェ、ジャック・リゴー、アルチュール・クラヴァンが私にとって唯一の生きがいだった。私は霊魂の存在も来世も信じている。すべてが消え去り、崩れ去った、世界の終わりに匹敵するのは彼らだけであろうと。地球の軸は逆さまに動いている。取るに足らない文学的駄弁、神社での神隠し、浅はかな生と死、憑りついたこれらの死神、引き返すことは出来ない、引き返しては決してならない、学校にも行かなかった私は彼らと向き合うことが唯一生きていると実感できる時間だった。摩訶不思議な夢とも現実ともとれない極限の状態で私の記録はないものと同じだった。白紙のノート、その戦慄、単なる戦慄でしかないその戦慄自体が、また私にあの極限の存在を感じさせるのだった。「何に対してであれ絶望する必要なんてない」。本当にそうだろうか?ジャック・ヴァシェにジャン・サルマンが送った手紙の中にそんな言葉があったが、そんなわけがない。そんなことなどあり得ない。私にはもう死が憑りついていて、他者や死者の絶望を感受してしまうからだ。ヴァシェが言うように生と死には確固たる境界がある。そこに足を決して踏み入れてはならない。だが、一度足を踏み入れてしまっては引き返すことは決して出来ない。阿呆だと分かりつつも生と死を往来するのだ。その度に途轍もなく疲弊する。夢遊病者のように文学の周りを徘徊する、あんた死んでるよ、あんたもうとっくに死んでるよ、おいでなさい、さあ、おいでなさいよ、洞穴の中にある無数の手に招かれる。何もない、ここは無だ。真っ暗闇だった。すべて無意味なのだから、ガラクタの山、氷のような静けさ、アル中のような手の震え、ああ、そんなことは分かりきっている。だが、私は記録することも探求することも止めない。
アルトーはデンマークで捕まり精神病院に強制入院させられた。セリーヌは家を粉々に壊されて国家反逆罪の疑いで逮捕状が出され、デンマークまで亡命した。ヴァシェ、クラヴァン、リゴーは自殺した。私は何故死なないのか?常々疑問に思っている。だが、積極的に死のうとは思っていない。私にとっては、生きているのも死んでいるのも同じことで、やがて文学の死神が現れて、私の首を刎ねていくだろうと。そんな期待をしている。何という心地よさであろうか!
私は狂ってなぞいない。誰よりも熱心に真実を見ようとしている。狂気に陥ることなく、本来の狂気を取り戻そうとしているのだ。すなわち、生まれながらの狂者であるということをただちに自覚せねばなるまい。それは盲目のものが恋人の顔を見ようとするような行いだ。生活に疲弊し、私は随分と汚れてしまったようだ。凌駕されえない、凌駕されたもの、私は全世界の見えるものに喧嘩を売り、全世界の見えないものを保護している。芸術だって?私だって、そんなこと無意味なことくらい分かっている。そこまで愚かではない。私は死者に捧げているのだ。あなたたちではない。人間の永遠の悲願の血液を、神の手で製造される幾世紀もの年月を、呪術的イントネーションを、天才以上のものが要求される形態と記号の計算を、時間を奪い去ることはもう出来ない。歴史的倒錯、舌語、死滅し終焉し、始原神話、原文学、時間と空間と生と死を今日も往来する。血と影、血と生贄、生贄の血、影の血、影でもない血の鉄床、死体が多くの舌にひそかに触れられて、風がそよ風から突風に変わったとき、文学の死神はやってくる。幾千もの魂を背負いつつ、彼は一見苦悩しているようにも見えるが、実際には安らかだ。氷河のクレヴァスを飛ぶ矢、天と地の照応、残酷な波動、呪詛、実在性の疑念を消滅させるであろう。そこに物語は介在しない。香りも音も色も言葉もなくなる。そこにあるのは残余と触覚と心霊的リリスムの孵化である。失われたバロールとヴェルブの探索は我々の分身たちに一任する、開きかけの本の1ページに暗示されている、死や敗北をも貫く実在の矢、話す存在、話された存在、恐怖政治は先験的な価値を打ち砕く、その開花の邪魔をする。一個のメタロジー、無意識と潜在的意識の価値をスペクトルとともに暴き出す。その磨かれた結晶を鍛錬させよ、ベルクソン的な意味では無論ない。
実存的価値の結晶を、単純化と多様化の真の弁証法の核心、確かなシエマ、読心の方法、中介的感情、黒斑の小さな沼の表面、可能性を見つめているナルキッソス、それゆえ彼は思い出として語る。濃密な一句、人格の意識と美的経験の必要性、無感動はまず一つの価値である。意志の従属形態、現象学の軸に触れる、表情の細部の複数性と他者性、意味深長な瞼の開き方、時ならず寄る皺、悪徳の限りを尽くしてきた我々をもってしてもそれは無限ではない。嘘と誠のモザイクは融和を欠いてしまった。
狂気を狂気と感じぬこと、狂気ではなく、実際は正真正銘純潔なるこの世のものではない正気なのであるから。この半生半死たる(精神と魂は死に、肉体は生きる)私の精神と魂が1秒たらずで広辺な空間を飛翔していったという確信、あたかも未知の世界の全貌が私の眼には繰り広げられた。9年前だ、場所はプノンペンの薄汚いホテル、一種神秘的な畏敬を私に抱かせ、指が知らぬまに震え、怖気が全身に走り、何度も嘔吐し、生と死の狭間で私は3日間彷徨した。知性と共感、乖離した魂の力を私は常に従わせる。覚醒、誕生、人生を塗り替える。魂もまさに肉体と同じように呼吸する。そして我々は二度目の永遠の死を迎えるだろう。人格と記憶を失いつつも、生きざるを得ないからだ。異様な神経症、悪しき不完全な人間、全部が影のように見える。私に話しかける誰かはすべて歪んだ肖像のように見え、話しかけてくるもの、あらゆる権威すべてに私は唾を吐きかけた。
そんな中で私は10代からイジドール・デュカス(ロートレアモン伯爵)を熱心に読んでいた。このような陰鬱で毒だらけの書物に、荒れ果てた沼を横断するように、未踏の茨の道を突き進み、そうして私は彼の中に自分を見出すことになった。実際にこの書物は命にかかわる。放射性物質のようなものだ。進んでしまわないように引き返せとイジドールは言っている。~のように美しい?本当にそうであろうか?幾人かのシュルレアリストが真似たこの比喩的表現は表面的なものにすぎなかった。実際にこの書物は極めて危険だ、幾人かだけが、危ない目に遭わずに苦い果実を味わうことが出来るかもしれない。他は亡霊になる。デュカスの文体は特殊である。実際にウルグアイに住み(両親はフランス人であったが)スペイン語とフランス語が流暢だったことを踏まえれば、この文体の奇妙さはその影響なのかもしれない。彼は毒虫にも及ぶ人類を創造した造物主を憎む。イジドールは神の存在をしっかり認めているようにも見受けられるが、私は神の存在は信じていない。
加虐と被虐の入り混じり、罵詈雑言、赤子のような眼差し、イジドールは混乱を、錯乱を放置する。治癒しようなんぞ全く思っていない。ひたすら呪詛、滅茶苦茶な言語感覚、イジドールの中では淫売か聖女しかいない。自殺、或いは誰かに殺して貰いたいという欲望もうかがえる。イジドールの死を私は自殺だと思っているが、これは縄に首をかけるとかそういう積極的な自殺ではなく、緩やかに餓死をするという選択肢を選んだように思う。イジドールの部屋の荷物にはピアノしかなかった。彼の神経描写。死んだ作者は現世に浮遊し、人間の醜悪さの実例を楽しむのだ。夜は眠りたくないので考えこむ。根の暗い憎しみの荒れ狂う波動、彼は発狂寸前になる。別れの相関歌を歌いながら深夜のパリの路地を歩く。びっしりと詰まった言葉たちが彼の行く末を阻む。言葉はある種の呪いである。彼のような書き方をすれば当然その呪いは全部自分に跳ね返ってくる。イジドールは夜にしか書かなかった。そしていつもピアノの前に座った。大量のコーヒーとハシュシュ、知性と無意識に身を委ねた。彼の感受性は人間の美しさのもっとも美しい現れを見る。乱雑な幻想物語。卑猥で残酷な反作用。狂気を信じている人は一体どういう人間なのだろう?アルトーもイジドールも狂人だと言われはしたが、本物の狂人はものを書かない。狂気は何も説明なんぞ出来ない。狂気と罵る人々は新しい芸術形式を認めない、ただそれだけのことだ。イジドールは神、人間、悪、善、真実、虚偽、感情、文学を否定し、霊感や自由そのもの。そして生命までも否定した。このような書き手が他にいるだろうか?
絶対否定は、ヴァシェやクラヴァン、リゴーがそうであったように自殺に必然的に辿り着く。ヴァシェは実際に、恐らく辛辣な中傷家だったことを踏まえると、日常的に誰彼構わず話かけて、挑発し、激高させて遊んでいた。芸術や詩作、文学をやることに彼は一切興味がなかった。スキャンダルとしての芸術、無意識の状態で何の躊躇もなく騒乱の中に、喧噪の中に飛び込んでいった。恐らくこの行動はアルフレッド・ジャリの影響であり、異常なまでに拳銃に愛着があった。その点ではジャック・リゴーも同じだろう。
肺病み患者の、神秘の犬の、秘宝伝授者の、悪魔との契約の、霊回りの磁気的呼吸の、神経の中の乱脈の果ての、語の充溢の、引き裂かれた先導者の、不名誉な形容詞の、見者であることを想像する上での、野放しの接触しないエートルの、自己形相的哲学者の、殺人的な砂の風景の、詩人のインクで書いた闇に紛れた黒の、光と壮麗さを投げかける現代の眼の、具象と非具象の争いの露散の、注射器から注入された心理的文学主義の、仏和辞典の全パージを破り捨て残った残骸のç Æ Œ O Z C C Qの、死刑囚独房での痙攣のような歯ぎしりの、シニフィアンの役割は人を混乱させるという意味において有意義であるが、それは逆さまの本を読むようなことであり、現象学、実体化の、狂人としてつくられる空白から、晴れた雲に暗闇が被う、詩の機能的役割のプログラムの、言説の言語学的諸範疇の、結核とコレアとマラリア、検査を受けてくださいという名もないケニアの黒人医者の・・・
幻聴?迷夢?実際、それはすべて夢だった。だが夢は現実よりも遥かに残酷で、現実に近いのだ。
自分自身を誰しも自分がコントロールしていると考えるだろう。それは違う。バロウズの言うように我々は無意識に操られている。アクサンシルコンフレクス、アクサンテギュ、アクサングラーヴ、セディーユ、トルマ、これが一体何を意味すると?馬鹿げている。実際、イジドールが語ったのは言葉ではない。私たちの細胞に侵入してくるウイルスのようなものだ。外界への廃棄と分離、私は私ではない。意識は観念を嘔吐する。嘔吐した言語は時に素晴らしい輝きを放つ。あらゆるものが眠る墓、そこで奴らは実際に我々を待っている、裏切り=暴露、何一つ私は理解出来ず、停滞したままだ。私は思考の一切を放棄する。自分自身をバロールや言葉の錯綜、意識と無意識の狭間で、作り上げる。先験的に、先天的にこう言おうか。「生まれながらに狂人であった」と。そんな馬鹿げたことはあるだろうか。私は狂気を返還する。社会の中にこの狂気の病原菌をテロリストとしてばら撒くとしよう。実に愉快で滑稽だ。人間なんて薄汚い豚のような生き物は私も含めてすべて滅びてしまえばいい!
「自然の諸法則の、潜在する諸機能のなかに、異常な歪みを目撃するのは、できないことではない。」
皆殺しの日々を送るイジドール、ありとあらゆるものに唾を吐きかけ、無視する。沈黙、神の摂理なんぞ望まない、セラファンとの異常接近、イジドールははっきりと方向を定めない循環の特殊な動きの結果、集団そのものの展開の総体的な運行を手に入れた。辛辣なアイロニーに薄汚い腸にナイフを突き刺し、全快不能にとどめを刺す。彼は狂い、彼は死ぬ。30年以上も眠っていない不眠の決意。昼間は出歩かず、夜はかっぱらいに精を出す。神の支配よ、糞食らえ!不思議な葬列の描写がまた始まる。珍妙な論理の乱入、ああ、死刑執行人よ、私の生存に終止符を打ってくれないだろうか。イジドールにとってすべてが闇であり、すべての存在は敵であり、すべてが攻撃の対象だった、マルドロールの歌は悪魔の書だ。霊感と不可思議、私も実際にこの麻薬のような書物を受け入れてしまった。そしてすべてが空しくなった。私もそうだが、イジドールも恐らく女性嫌いだったに違いない。少女でさえ売春婦になるに違いないと毒づいているのだから。この青年はきっと船旅を好んだに違いない。私には風と海の匂いがするのが分かる。ああ、老いたる海神よ、宇宙の渦のような深海に跡形もなく消えてしまわないように。インクの濡れた表面はランプの光に照らされる。イジドールが見ているのは我々が知覚している風景ではなく、未来の不確かさ、絶望的な着想の力強さ、不信仰と絶望、過去の軽視、こうやって、イジドールは悪にたどり着く。イジドールは実際に神をぎりぎりまで追い詰めた。類まれなる言葉の乱調によって、未知なる軌跡を辿っていく、無論そこには無しかなかったが。
私は十代の頃熱心に石井洋二郎訳の「マルドロールの歌」を熱心に読み、模写していた。通りすがりの地元民によく何を書いてるの?と聞かれたが、私は無視したが、あまりにしつこいと、地獄への片道切符だと答えた。誰も彼もかっぱらいになっちまえばいい、国家に反逆したらいい、コンピューター、情報などは全部捨てて、原始に戻ろうというのが当時の私の思想で、あまりに浅はかな行為だった。願いが叶ったとしてもそれは結局、今いる現実の遥か彼方にいる。私の苦しみを誰も理解しようとはしなかった。私は沈黙に身を沈めた。もし私が少しの幸福を感じることがあったとしたら、完全無比の沈黙の中だけだった。想像しうる限りの不快感が私に纏わりつく。書くことでしか、私は自分を救う手段はなかった。凍りついてしまうような蝋人形。私は終末を夢みていた。思い出なんぞあるわけがない。物事には必ず理由があってそれについて話せるはずだと、ある同居人に言われたが、私は何も説明出来なかった。沈黙の中に感じ取った亡霊を払いのけるために。私は絶望を忘れることが出来るのか?人と同じように感情を共有し笑いあったり出来るのか?不可能だった。時間は決して届かない。私自身の存在はもう既に消えている。もはや生命を宿すことのない寒々としたものたち。沈黙と死と悲観、最後の別れ、私には何もなかった。そして、墓の彼方から無数の手が私を誘き寄せていた。われわれの世界は別のある世界に結びついていて、その世界は通常目に見えないが、ある決定的なことが起こると世界の崩壊から救ってくれんばかりに一切が生起する。人間を困惑させ、憔悴させ、動揺させ、目を眩ませて盲目になる。魂はそして無知になる。脈絡のなさは常に不合理なものである。不明瞭さに反論の余地はない。世界は混沌としており、誰の手をもってしても解き明かすことは出来ない。だが、その片鱗を掴み取ることは出来る。イジドールのように。暗黒の物神に手を染めるならば。赤茶けた水滴が顔に滴り落ち、眼球に直接、毒が染みる。イジドールのポエジーを読むと異常なまでの焦りと苛立ちが見受けられる。吐血するような告白。時間のなかで時間とともに創られていく進行する創造物、最終結論を求めよと?宿命がイジドールに降りかかる。神に反逆することは実際にこの世の不幸のすべてを背負うことになる。
「僕は悪を認めない。人間は完全だ。魂は落ちない。進歩はある。善は不屈だ。無神論者、弾劾の天使、永劫の罰、宗教などは懐疑の産物だ」。
地獄の荒野の中でイジドールの声が響き渡る。死の魅力に対する遠吠え。狂気からの逸脱、顔と顔を見合わせてお互いに反映し合う堕落した想像力、精神は支配されており、悪霊の隊列にいつの間にか巻き込まれてしまう。行先も心得ぬイジドール、ああ!「恐るべき永遠なるものよ」だが、もうたくさんなのだ。難破した船のように、精神は不安定で、私は夜中にケニアやナイジェリア、南アフリカ、インド、モロッコ、タンザニアなど、フラフラと夜道を歩くのがとても好きだった。モロッコでは毎回深夜の3時くらいに開くお店があってそこのミルクティーはとても美味かった。残酷な味がした。そしてイジドールの言葉を思い出す。「乱脈の果てに、淫売と条件をかたくむすんだ。この危険なる堤携にさきだつ夜に」。
過ぎていくのは神でもなく、私でもない。モスクのコーランが流れる、さあ、饗宴の始まりだ!どうして私を誰も殺してくれないのだろうか?散歩の途中で私は引き返すことはない、静かな音と大気が微粒子と共に混ざり合っていた。私は幸運なことに大恋愛をしてこなかった、決してそれを物語ることがあってはいけないのであるから。愛することを強制されないことは救いだ。私は実際に誰のことも愛したことがない、自分自身でさえも。非人称的な渦巻きのような感覚的中心、私は偶然世界に不幸にも堕とされてしまったのだ。
私の祖父の兄は作家だったらしい。真意は定かではないが、吉川英治と友人で、よく同じ雑誌に掲載されていたと母は言っていた。そして、何かの文学賞の候補に選ばれたが、落選したと母から聞いた。その直後に祖父の兄は自殺した。20歳だった。そのことがあったせいなのか、私は無意識に自殺に関心を抱き、自らを突き動かす要因なのではないかと時折思う。父の家系も母の家系も破天荒な人ばかりで、3人も自殺している、一人は産廃屋、一人は占い師、一人は金貸しだったと聞いた。私はその呪いをすべて背負っているような気さえするのだ。一時期浦和に住んでいたが、そこは不気味な家で競売物件だった。一番奥の部屋に物音や無数の影のようなものが見え、毎晩私はうなされた。私以外は誰もその存在に気づいていなかった。母にいっても取り合ってくれなかったので、祖母がきたときに、カーテンを閉めて、部屋を開けないこと、窓の付近にお花を生ければ大丈夫だと教えてくれた。そして私に数珠をくれた。祖母は有名な霊能者だったが、そのことでお金をとることは一度もなかった。私もそういう仕事がしたいと懇願したが、あれだけ優しかった祖母に物凄い剣幕で怒られた。あの時の祖母の形相だけは忘れられない。実際に人からの信頼も失うし胡散臭い人間だと思われるので、こんなことは言いたくもないが、実際に霊魂は確実に存在するし、科学的には確実に証明出来ない不可思議な現象は確実にある。ただ、それが人間の理解の範疇を超えていて、説明できないだけのことだ。別の世界も確実にある。だが、あなたたちは見ようとしないから気づかないだけの話だ。見ようとすればするほど死期は早まる。イジドールやランボーもそうだが、彼らはあまりに足を踏み入れすぎた。脈絡のある夢も、脈絡のない夢も、並行世界として同時にあるように。最後の死だ。私はもうすぐ死ぬだろう。
生きること?生きること?はたして。私に眠れるときがくるのであろうか。直接的感覚が眼球をなぞる。消え去ったランプ、偽造された思い出、漠然とした苦悩、悲しんでいると?哀れだと?そんなことはない。私は好きでこの道を選んだのだ。言葉の裏を読み取ること。世界の裏側を暴くこと。
生きていると感じた瞬間、幸福であると感じた瞬間、私はすべてを失うだろう。
原 智広 (ハラ トモヒロ) 1985年生まれ。中卒。作家、翻訳家、脚本家。映画『日本零年3部作』の脚本と原作を執筆。映画『イリュミナシオン』『デュアル・シティ』(共に長谷川億名監督)の原作、プロデュース、脚本を担当。boidマガジンにて映画批評を月1で連載中。 訳著にジャック・ヴァシェの翻訳と死後の架空の自伝、シュルレアリストによる自殺に関するアンケートを集成した『戦時の手紙 ジャック・ヴァシェ大全』(河出書房新社)
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母の日!Fête des mères!
皆様こんにちは、マリエレーヌです。
殆んどの国では本日は母の日です!
フランスでは5月の最後の日曜日で、日本と違ってカーネーションを贈る習慣も特にありません。
ここ数年、お花も流行に影響されているのもあって、フランス人が母の日に贈る花は季節からして主に牡丹と薔薇だったりします。
1949年頃からアメリカにならって母の日を祝うようになった日本ですが、母の日は、1907年、アメリカのアンナ・ジャービスが母の命日に、母が好きだった白いカーネーションを教会で配ったことがはじまりとされ、1914年にウィルソン米国大統領が5月の第2日曜日を母に感謝する日として記念日にしたのです。必然的にカーネーションを贈るようになりました。
ここだけの話、私はカーネーションと撫子両方がとても好きで、育てています。ニースのカーネーションが昔から非常に有名であり、フランス人にずっと愛されてきた花なのに、70年代後半から花業界のバラを売る作戦が原因か、「カーネーションは縁起が悪い」という噂が流れ始めて、最早「迷信」にまで昇格しました。
ここ数年また流行るようになったカーネーションがバラの代わりに熱愛を意味する花として贈られることが割とあり、「白と緑」の花束のブームで白いカーネーション・薄緑色のカーネーションが改めて大好評。
国によって花言葉も微妙に違いますが、調べてみれば、どの国でもカーネーションは基本的にぬるくない気持ちを伝える花です!深い愛情または熱愛、情熱と度胸、自由などという格好いい意味を持つ花だったことに改めて気付かされました。「大嫌いです!」と交際(プロポーズ)をお断るために使える紫のカーネーションまでが情熱そのものです。
では、皆様忘れられない母の日を!
Bien que les français "exceptions" une fois de plus , s'apprêtent à honorer leurs mamans le dernier dimanche de mai , depuis qu'en 1914...
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今年はブルークリスマス!クリスマスブルース(憂鬱)の表れでなければいいですが・・・
クリスマスや他の年中行事は基本的に流行と縁があまりないかと思えば、そうでもありません。
クリスマスがキリスト降誕祭より「プレゼントを交換する日」と国際的に認められた今、世界中の子供がどんなに12月24、25日を楽しみに待っていても、クリスマスはある種の「ビジネス」になり下がり、ビジネスだからこそアドベントカレンダーからツリーと飾りまで、クリスマス料理の材料から玩具まで全部フランス人の生活の一部でありながら、特定の「市場」でもあります。
イギリスや米国では随分昔からショーウインドーのように家の飾りつけをしたり、絵葉書を送ったり、お菓子を作ったりする習慣がありましたが、逆にフランスのクリスマスが地味で、キリスト教徒にとっておいしい料理を振る舞うのも、家の内装をクリスマスに合わせるのも当たり前でも、50年代半ばまでみかんかお菓子、または便利で必要なものしか贈りませんでした。
クリスマスが宗教と関係のない、プレゼント交換するだけの行事になったこの時代のクリスマス飾りって、どんな感じなのか、フランス人がどんなものを気に入って買いたがるのか、多少調べてみました。
予想通りに、クリスマスの基準となった英国風の深い緑と赤、木の飾りと小物をどこでも手に入れます。が、某ブランドのおかげで、スカンジナビア風のクリスマス飾りと、クリスマス室内内装が年毎に人気が出ます。
緑と赤以外に、白もクリスマスの色と認められています。時々パステル色のツリーや飾りを見かけても、やはりフランス人が未だにホワイトクリスマスに憧れているようです。
ここ2,3年薄緑・薄緑と茶色、つまり自然、特に森を連想させる小物が売られていますが、今年で限界だったか、深い緑、土色と白しか残っていませんでした。
ただ、意外にも今年は、普段はクリスマスに滅多に見ない「青」が好評です。
スカンジナビアのパステルブルーもですが、藍に近い青のツリーと飾り、金と銅と相性が特に良いアンティークブルーの人気に驚きました。ドールハウスまでがクリスマス飾りになり、案外シックなクリスマスになるのではと勝手に期待してしまいます。
私自身は今年も趣味で様々なクリスマスデコレーションを作りましたが、どれを使うのかいまだに迷っていると白状したら、驚きますか?
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2019 , année impériale à suivre…et archiver
Depuis le mois de mai a commencé l'ère Reiwa.
Qui dit nouvelle ère dit évènements historiques majeurs.
Bien évidemment,l'historien,l'étudiant ou le simple amoureux d'histoire moderne ou...
Le Pont de Soie、(再)復活!
今年オープンしましたのに、Le Pont de Soieが既に二度ほど長く眠ることになり、大変申し訳なく思います。
ご存じの通り、春・初夏にはサーバー問題に悩まされましたが、夏から肩と腕をひどく痛めてしまい、後遺症が残らないようになるべくパソコンを使わず、絵も描かないように言われていました。
パソコン無しでは何もできないわけではありませんけれど、(当然ながら企画が採用される保証がありませんけれど)次の本も執筆中でも、将来の事を考えるべきかと何度も頭を抱えました。
念願が叶ってようやくサイトオープンできましたので、ル・ポン・ド・ソワが復活するのは時間の問題でしたが、恥ずかしながら最初から支えて下さった方々にご迷惑をかけたことは否定できません。
当サイトのFBページでフランスや日本に関するニュースなどをなるべくシェアしても、当然ながら、個人アカウントやブログはサイトと同様に本格的に更新できずにいましたとはいえ、不思議なことにFBで声をかけて下さる方々が日毎に増えており、メッセージをいっぱい頂きました。応援、心より感謝しています。
今日からル・ポン・ド・ソワを更新させて頂きます。
先日、前々から尊敬しているジャーナリストでありながら著者でもありテレビアナウンサーでもあるブノワ・シェニョ氏が新しいチャレンジに挑戦することになっていたことが偶然にわかりました。日本とはそんなに縁があるわけでもないブノワさんですが、色々な意味でフランス文化大使と呼べるのではと思いますので、彼をル・ポン・ド・ソワで紹介することになりました♫
数か月間色々と心配したり、焦ったりもしましたが、やはり「待たなければならなかった者に良いことがやってくる」のですね!
Galette des Rois express aux pommes ガレットデロワ・エキスプレス・オ・ポーム
エピファニーのお菓子
明日は一月の第一日曜日、言葉を変えればエピファニー(公現祭)、つまり東方の三賢者がようやくベスレエムに辿り着き、生まれたばかりのイエスを神の子として認めたことを祝う日、です。
ここ数年日本で話題になってきたガレットデロワというフランスの伝統菓子を食べる日でもあります。
元々カトリック系の国であるフランスでは大昔からエピファニーに纏わるしきたりが多く、特定のお菓子を食べるのはそのうちの一つだったりします。お菓子こそは地域によって異なりますが、基本的にバターやアーモンド、フリュイーコンフィーなど(昔なら)貴重で非常に高い材料で作る特別なお菓子です。
フランス北部ではここ数年日本でも話題になってきたガレットデロワと呼ばれるフランジパーヌ入りのパイを、南部ではクーロンヌデロワ(”王の冠”)と呼ばれる、果物の砂糖漬けの入ったオレンジフラワー水風味の生地のブリオッシュを食べます。
20世紀後半から「お店で買うお菓子」と認識するフランス人も多いですが、どちらも家で作れます。
クーロンヌと違って、一年中冷凍パイ生地さえあれば子供と一緒に簡単に作れるお菓子なのでガレットは確かに人気がありますが、いくら「人気」があっても、日本の料理サイトでよく読むように主流になりつつあるわけ、、、ないです。
あと、一月にガレットまたはクーロンヌを食べるのはあまりに当たり前なのですが、「フランスではガレットを食べないと一年が始まらないと言うほど」というのも、最近よく耳にする日本の料理サイトで日本人が考えた日本人向けのキャッチフレーズでしかないです。
フェーブフィーバー?!
ガレットとクーロンヌにフェーブ(空豆)が仕込まれていますが、その理由はご存知ですか?
元々乾燥した空豆を使っていたのは生まれたばかりの赤ちゃんの寝姿にそっくりだからです。一言にいえば、生まれたばかりのイエスとかぶるからです。
1874年からドイツで初めて陶器製のフェーブが作られてから、様々な形をした陶器製・金製・(現代は)プラスチック製のフェーブが全ヨーロッパで作られるようになり、フェーブを集める人が割といます。フランス語ではそういうコレクションナーを”ファボフイール”と呼びます(フェーブを愛する人)
ガレットデロワ(王のガレット)、クーロンヌデロワ(王の冠)を食べて、そこに仕込まれてあるフェーブを見つけると、一日の王様または女王様になる習慣もあります。
王冠をかぶり、自分の一日の女王または王を選び、次に集まった時のガレットやクーロンヌを用意することになる、、、はずですですが、大抵の家庭では子供にフェーブを譲るのが普通です。
今年のレシピ
ブログを経営し始めて、ほぼ毎年ガレットの新しいレシピを考える私ですが、今年はミニオーブンとトースターしか使えず、フランジパーヌではなくリンゴのコンポート・カラメリゼ入りのミニ・ガレットのものすごく簡単なレシピをアップさせて頂きます。
材料
(2人分)
リンゴ・・・・・・・・・・・・(大)3個
塩バター・・・・・・・・・・・50ℊ
ヴァニラシュガー・・・・・・・20ℊ
グラニュー糖・・・・・・・・・80ℊ
水・・・・・・・・・・・・・・大匙3
ラム酒・・・・・・・・・・・・大匙1
冷凍杯シート・・・・・・・・・2枚
卵黄・・・・・・・・・・・・・卵1個分
*12~15㎝のセルクルかお皿 天板で焼けますので型があってもなくてもOK
作り方
下準備
冷凍杯シートを解凍し、セルクルか小さなお皿で型抜いて、一枚目をベーキングシートに移し、フォークで穴をあけておく。冷蔵庫に入れる。
リンゴの皮を剥き、種を除き、雑に切る
1・コンポートを作る
①鍋にリンゴとバニラシュガー/ラム酒と多少の水を入れ、15分くらい中火で煮る。火からおろし、ボールに移す。
⓶グラニュー糖とみず(大匙3)を鍋に入れ、きつね色になり始めたら、ゆっくり混ぜながら少しずつバターとりんご(①)を加える。
③ゆっくり混ぜながら、リンゴがカラメル色になるまで弱火で煮詰める。
2・パイ生地にコンポートを乗せ、刷毛でコンポートの周りに卵黄を塗る。
3・もう一枚のパイシートを被せ、フォークで縁を押し、ナイフで好きな模様を描き、卵黄を塗る。
4・オーブンを210℃で予熱し、20~25分焼く。



























