Le Pont de Soie、(再)復活!
今年オープンしましたのに、Le Pont de Soieが既に二度ほど長く眠ることになり、大変申し訳なく思います。
ご存じの通り、春・初夏にはサーバー問題に悩まされましたが、夏から肩と腕をひどく痛めてしまい、後遺症が残らないようになるべくパソコンを使わず、絵も描かないように言われていました。
パソコン無しでは何もできないわけではありませんけれど、(当然ながら企画が採用される保証がありませんけれど)次の本も執筆中でも、将来の事を考えるべきかと何度も頭を抱えました。
念願が叶ってようやくサイトオープンできましたので、ル・ポン・ド・ソワが復活するのは時間の問題でしたが、恥ずかしながら最初から支えて下さった方々にご迷惑をかけたことは否定できません。
当サイトのFBページでフランスや日本に関するニュースなどをなるべくシェアしても、当然ながら、個人アカウントやブログはサイトと同様に本格的に更新できずにいましたとはいえ、不思議なことにFBで声をかけて下さる方々が日毎に増えており、メッセージをいっぱい頂きました。応援、心より感謝しています。
今日からル・ポン・ド・ソワを更新させて頂きます。
先日、前々から尊敬しているジャーナリストでありながら著者でもありテレビアナウンサーでもあるブノワ・シェニョ氏が新しいチャレンジに挑戦することになっていたことが偶然にわかりました。日本とはそんなに縁があるわけでもないブノワさんですが、色々な意味でフランス文化大使と呼べるのではと思いますので、彼をル・ポン・ド・ソワで紹介することになりました♫
数か月間色々と心配したり、焦ったりもしましたが、やはり「待たなければならなかった者に良いことがやってくる」のですね!
日本人がパリで働いてみて思ったこと Vol.1 by Monsieur A
今回マリエレーヌさんよりお声をかけていただき、日本人がパリで働いてみて感じたことについて私の6週間のパリ滞在の経験を含めて記事を作成させて頂くこととなりました。
普段私は、Monsieur AというペンネームでブログやSNSで日々気づいたことを書いたり、京都でフランス資本の旅行会社の仕事をしています。主にフランス語圏の方へお茶に関するガイドや神社仏閣の紹介、宿泊施設の管理をしております。海外の方からガイドの依頼を頂けるようブログやSNSにてフランス語で京都の神社仏閣やお茶関連の記事も執筆しております。パリ滞在中に経験したことを通して、日本人がフランスで働くということはどのようなことなのか、パリでの生活や文化の違いなど気づいたことについて記事に纏めていきますので是非一読頂けると嬉しく思います。滞在中の6週間を通して、毎週1記事パリの生活で感じたことを更新していく予定です。
目次
1.仕事について
2.パリに住んでみて
3.文化の違いについて
1.パリでの仕事について
前述の通り、普段は京都にてフランス資本の旅行会社から委託を受け、フランス語圏の方へのガイドや宿泊施設の管理を請負っております。
毎年1月、2月は日本の観光業も閑散期ということで、パリに滞在することになりました。パリに居る間に、現地パリにある事務所で同僚がどのように働いているのかを知りたかったので、滞在期間に少しお手伝いをさせて頂けることとなりました。
こちらの会社より業務委託を受けるまでは、大学を卒業してすぐに日本の貿易関係の会社で6年程働いていました。大学時代にフランス語を専攻し、フランスのアンジェへ1年間の留学経験があり、フランス語を使った仕事をいつかしてみたいと思っていたところ、フランス人の友達の紹介を経てこちらの会社へ転職することに決めました。
パリでの仕事は、お手伝いするという名目できている為、責任の共なる仕事はできませんが、いつも京都で働いている際に密に連絡を取り合うパリ支店の同僚達が具体的に何をしているのかを知る良い機会になると考えました。まだ6週間の滞在のうち初めの週が終わったばかりですが、実際にフランス人と仕事をしてみて日本と異なるところが沢山ありました。例えば、日本の会社へ勤めていた時は、約30分前には出勤していましたが、パリで同様に30分前に仕事に行くと「9時に来てください。」と言われました。
日本では、残業をすることが前提で仕事の割り振りが行われますが、こちらだとみんな定時に帰っています。
フランスでも会社により異なると思いますが、残業しても残業代が出ない、若しくは、それを望んでいないため定時には必ず帰る習慣になったのかも知れません。また、日本で仕事をしている時は、同僚との会話も少なくお菓子を食べたり、仕事中に席を立つことは珍しかったのですが、こちらでは皆んなよく話すし、笑顔で挨拶し、より楽しそうに働いているように感じました。
想像通り、フランスでは職の流動性があり労働条件をよくするために転職をするのは当たり前で離職率も高いみたいです。
同僚と話す際にもいつも転職の話題が上がっていたのでビックリしました。職の流動性があることは、個人的にはとても良いことだと思っています。自発的に行動すると自分がしたいことに辿りつきやすいのではないかと思うからです。勿論、二面性はありますが、日本社会とフランス社会の比較をし、どちらの社会が自分に合うのかを見極める良い機会となりました。
2.パリに住んでみて
私がパリに着いたのは、1月11日のお昼過ぎのことでした。冬は日本での仕事も落ち着く為、1ヶ月ほど大きな休み、フランスでいうバカンスを楽しむことができています。パリの物価はとても高い為、ポルトガルにいる友達のところへ2週間住まわせて頂きました。パリの物価がどれほど高いかというと、例えば、昼食時に同僚ととんかつを食べにいきました。
とんかつ定食がなんと15ユーロ、サラリーマンをしている時に食べた「かつや」のとんかつは650円程、なんと3倍の価格でこちらでとんかつ定食を頂いたのです。
農業大国であるフランスは、野菜やフルーツの価格は日本に比べても格段に安いのですが、外食に関しては日本よりも何倍も高いのです。
東京と同じくパリ内の家賃はとても高く郊外に住むのが恒例のようで、皆んな1時間以上かけて通勤していました。ただ、メトロは東京の満員電車のようにそれほど混んでいないで、無料の新聞を手に取り、毎日フランス語の練習のために読んでいました。週末は、京都でのフランスの方へのガイドを通して知り合った友達や留学時代の友達がいたので色々な場所につれて行ってもらいました。パリといえば、マレ地区やパリ6区あたりが本物のパリジャンが好む場所だと連れて行って頂き、ブラスリ(お洒落な大衆食堂?)にいき大きなシュークルートとミル・フィーユをたらふく頂きました。
個人的には、フランス料理が大好きでバゲットやフロマージュ、チョコレートやワイン、これらのフランスのガストロノミーに惹かれてフランスが好きになったのかも知れません。また、モンマルトルの丘にも行きました。観光客がいるエスカレーターがある側ではなく、小さな小道を通りサクレクールまで登ったのですが、まるで映画の「ミッドナイト・イン・パリ」の世界でした。帰りは古くからある独立系の映画館で9ユーロで映画を観てきました。映画の値段がもう少し安いイメージでしたので、残念に思いました。
1年間見放題というプランがあるのですが観光客向きではありません。
3.日本とフランスの文化の違いについて
東京からパリまで直行便で12時間30分、日本との時差8時間の国「フランス共和国」。
航空会社も競争の末に色々なサービスができフランスもそれ程遠い国ではなくなりました。時差のせいか少し到着後は、眠りが浅くなったりしますが、何日かたてばパリの生活が待っています。
上記でも記述した通り、仕事においても生活においても驚くところばかりです。日本は便利な国だけど戦後の焼け野原から一気に加速して建物を立てたせいかパリのような歴史的な建造物は街中に広がっていません。
パリの街を歩くと美しすぎて上を見上げていると、路上には犬の糞やタバコの吸い殻が至る所に落ちているので注意が必要です。フランスには街中に沢山ゴミ箱がありますが、日本にはあまりありません。コンビニに立ち寄って面倒を済ます日本の生活はとても好きで、夜にお腹が空いたり、日曜日に買い物に行こうとするとフランスでは店がしまっていることが多く不便な面もあります。
フランスでは日本と比べても乞食を街中でよく見かけます。日本のように空き缶を集めているのではなく、パフォーマンスをしたり、自分がどれだけ厳しい状況にいるのかをメトロで大声で叫んでお金をもらったりしています。
フランスはとても階級社会でお金持ちはお金持ちのままパリの真ん中の閑静な広い住宅に住み、綺麗な装いで犬の散歩をしたりしている中で、路上で倒れている人をあたかもいない存在かのように扱うので仰天してしまいます。
日本は仕事であふれていますが、フランスは労働条件を労働者がストやマニで主張するので失業率が高く、そのしわ寄せが若い世代に押しつけられている印象を受けました。
政治も文化も何もかもが違う国で働くことは新たな発見を産みます。
この記事を書いたMonsieur Aについて
関大仏文卒、アンジェに1年間留学していました。新卒から5年9ヶ月働いた貿易関係の会社を退職し、京都でフランス人へ日本の生活を体験して頂くサービスをしています。
ブログ:https://www.monsieura.net/
Twitter: https://twitter.com/daisuke13_a
Instagram:https://www.instagram.com/monseiur_a/
Facebook:https://www.facebook.com/
2019 , année impériale à suivre…et archiver
Depuis le mois de mai a commencé l'ère Reiwa.
Qui dit nouvelle ère dit évènements historiques majeurs.
Bien évidemment,l'historien,l'étudiant ou le simple amoureux d'histoire moderne ou...
聖バルブのレンズ豆
12月4日、聖バルブ(地域によって「バルバラ」とも)を祝う日です。
聖バルバラは建築家や石工、砲手、消防士、鉱夫、囚人の守護聖人で有名ですが、彼女はどんな人物だったか、どんな人生を歩んだのか、聞かれたら敬虔なキリスト教徒でも答えられる方が割と少なかったりします。
コートダジュールと南フランスでは、聖バルバラの日はクリスマスの準備を始める日で、三つの小鉢に小麦またはレンズ豆あるいはひよこ豆を蒔いて、クリスマスまで育てる習慣があります。
もっとも、フランス全土で聖バルバラの日に水に浸した小麦がクリスマスに芽吹いた数によって翌年の豊凶を占うということも行われ、これらの麦はバルバラの麦と呼ばれましたが、プロヴァンスやコートダジュールでは特に意味のあるクリスマスの習わしです。
「至聖三者」を小麦またはレンズ豆の三つの小鉢で表しますので、クリスマスの食卓に三本のろうそくと芽吹いたレンズ豆(小麦)は欠かせません!皆様もレンズ豆を育ててみたいと思いますか?非常に簡単です。小鉢(小皿でも大丈夫)に綿(コットンシートがあれば便利です)を敷き、湿らしてからシンプルにレンズ豆を乗せましょう。毎日ほんの少しだけ水をやればあっという間に芽吹き、育ちます。
11 novembre 1918 , 11 novembre 2018
En l'honneur de l'armistice , la publication d'aujourd'hui sera un texte uniquement en français.
Déjà cent ans .
Le 11 novembre 1918 , jusque là jour...
Joyeux Noël!メリークリスマス!
クリスマスはもはや世界共通の年行事で、特に意味がなくてもキリスト教と無縁でも、プレゼントを交換することで愛情を表し、「心温まる」イベントと認識されるので、地域によって子供にプレゼントを買う日、またはもう一つのバレンタインデーになりました。
言葉を変えれば、ある程度夢を見る日で、人間を信じたい日でもあるのがすごく興味深く思います。結局人間には空気と同じように生きるには「理想」が必要です。皆様の理想と夢は何ですか?是非聞かせて下さいませ。
今日は珍しくフランス語で続きを書かせて頂きます。フランスがあまりに苦しみましたので、価値観を改めた人もいれば、ただすべてが終わるのをじっと待つ人もいます。そういう時こそクリスマスが生き地獄にも救いにもなるのではと思うのは私だけでしょうか?少なくとも、まだフランス人の心に響き、何があろうとクリスマスが近ければ特別な意味がり、印象に深く刻んだりします。
ではここからはフランス語で
Voici venu le réveillon.
Après les semaines intenses que la France vient de passer , Noël est devenu une première halte pour faire le point...
トマトモッツァレラチーズサラダ
コートダジュールの本格的なレシピではありませんけれど、コートダジュールに住んでいるイタリア系フランス人もイタリア人も多く、トマトとモッツァレラチーズのサラダが食卓に良く乗ります!
作り方がシンプルでありがたい筈なのに、なぜか人が余計な材料を加えたがるレシピだったりします!
トマトをスライスして、塩を振る。モッツァレラチーズもスライスし、トマトに乗せ、オリーブ油をかける。最後に黒胡椒を振っても可。それだけでサラダが完成します。
嬉しいことに、トマトは最近流行りの古い種類を使ってみると味も少し変わり、見た目も印象に残ります。バジルはくわえても加えなくても大丈夫です。
ただ、スーパーの「ドレッシング」だけは忘れましょう。
フランス人は「ヴィネグレット」に慣れており、赤ワインヴィネガーを使う傾向が強いです。世界中では、ドレッシングやら、バルサミコ酢を使う人が増えましたが、、、、。本格的なトマトとモッツァレラサラダはオリーブ油しか使いません。トマトの酸味とオリーブ油とのマリアージュこそがトマトとモッツァレラチーズサラダの「特徴」とまで言えます。
Le Pont de Soie、(再)復活!
今年オープンしましたのに、Le Pont de Soieが既に二度ほど長く眠ることになり、大変申し訳なく思います。
ご存じの通り、春・初夏にはサーバー問題に悩まされましたが、夏から肩と腕をひどく痛めてしまい、後遺症が残らないようになるべくパソコンを使わず、絵も描かないように言われていました。
パソコン無しでは何もできないわけではありませんけれど、(当然ながら企画が採用される保証がありませんけれど)次の本も執筆中でも、将来の事を考えるべきかと何度も頭を抱えました。
念願が叶ってようやくサイトオープンできましたので、ル・ポン・ド・ソワが復活するのは時間の問題でしたが、恥ずかしながら最初から支えて下さった方々にご迷惑をかけたことは否定できません。
当サイトのFBページでフランスや日本に関するニュースなどをなるべくシェアしても、当然ながら、個人アカウントやブログはサイトと同様に本格的に更新できずにいましたとはいえ、不思議なことにFBで声をかけて下さる方々が日毎に増えており、メッセージをいっぱい頂きました。応援、心より感謝しています。
今日からル・ポン・ド・ソワを更新させて頂きます。
先日、前々から尊敬しているジャーナリストでありながら著者でもありテレビアナウンサーでもあるブノワ・シェニョ氏が新しいチャレンジに挑戦することになっていたことが偶然にわかりました。日本とはそんなに縁があるわけでもないブノワさんですが、色々な意味でフランス文化大使と呼べるのではと思いますので、彼をル・ポン・ド・ソワで紹介することになりました♫
数か月間色々と心配したり、焦ったりもしましたが、やはり「待たなければならなかった者に良いことがやってくる」のですね!
Le chocolat chaud d’Escoffier エスコフィエのショコラ・ショ
3月に入るなり、春を連想させる飲み物やお菓子を楽しめるのですが、寒い日や落ち込む時など、無性に温かいココアを飲みたくなることがあります。
冬の代表的な飲み物であるホットココアは、「飲み物」でありながら、コンフォートフードの部類に入っており、今回の大寒波のせいで寒さに震えるフランス人に必要なお薬なのではと思います。
ホットココアを作るのは簡単ですが、オーギュスト・エスコフィエのレシピをご存知ですか?パリのホテルリッツのバー・Le Vendôme(ル・ヴァンドーム)のお客様に特に人気があったショコラ・ショのレシピを伝授させて頂きます。
材料
(2人分)
牛乳・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・300㎖
生クリーム・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・350㎖
赤糖・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・20ℊ
ヴァニラ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1/2本
シナモンステイック・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・1/2本
カバーチョコレートまたはココア70~80%のいたチョコレート・・・・200ℊ
作り方
下準備
バニラビーンズは縦にさき、包丁の刃先で種を取り出す。
おろし器か包丁で板チョコレートを削る
1-鍋に牛乳とヴァニラとシナモンを入れ、強火で温める。
2-牛乳(の表面)が震え始めたら、生クリームを加え、沸騰させずに2分間だけ泡立て器でよく混ぜる。
3-泡立て器で混ぜながら削られたチョコレートを加え、4分間沸騰させずに煮てから火から下し、
4-泡立て器十分かき立てる。(㊟ミキサーにかけても可)
カップに注ぐ時にシナモンステイックを取り除く。
●ホイップクリームがあれば、仕上げに載せて、ココアパウダーでも塗すことができますが、今風な盛り方だったりします。
ご存知だったのでしょうか?
オーギュスト・エスコフィエ(1846年10月28日 ~ 1935年2月12日)はヴィルヌーヴ・ルーベ(ニース近郊)で生まれた、 現代料理の父と謳われたフランスのシェフです。
13歳で叔父がニースで経営していたレストランで見習いを始めたエスコフィエですが、1880年代後半に 夏期に厨房を任されていたルツェルンのホテル・ナショナルでのセザーレ・リッツとの出会いと、その後の二人の協力関係が、世界中にいくつもの有名ホテルの設立に結実することとなり、二人の人生はもちろん、ガストロノミーの歴史を変えることになります。
オーストラリアのオペラ歌手ネリー・メルバやイタリアの作詞家のジョアキーノ・ロッシーニを記念して名づけられたデザートのピーチメルバや牛ひれ肉のロッシーニ風は、現在でも世界中で好評を博する、前世紀にエスコフィエの考案した料理です。
エスコフィエはホテルでの活動以外にもさまざまな分野で活躍し、現在は古典料理のレシピ集・教科書として用いられている『料理の手引き』 ( Le Guide Culinaire)を1903年に出版した。
ドイツ皇帝ヴィルヘルム2世に「私はドイツ皇帝だが、あなたは料理の皇帝だ」という賛辞を与えられたエスコフィエが母国フランスで1920年に、シェフとして初のレジオンドヌール勲章(シュバリエ、勲爵士)受章者となり、1928年には同勲章のオフィシエ(将校)を受章している。同年に開かれた第1回世司厨士協会連盟会議では、連盟の初代名誉会長に選出されました。
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大森由紀子、特別講座!
料理界ではフランスのイメージを利用したり、レシピを自分なりにアレンジするプロが多いですが、心より尊敬できる方がそんなにいません。
大森由紀子先生は日本で既にフランス菓子に興味のある方の憧れの的ですが、フランス人である私から見ても、彼女こそ心より尊敬できる、フランスと日本の理想の架け橋で、見本にしたい人間です。
フランス語やフランスに関する知識を常に深めながら、シャンソンまで歌い、常にフランスの心に触れようとする大森先生は何と!8月にアテネフランセでフランス語の特別講座をすることになりました。テーマはもちろんお菓子です!
フランス語のレベルは問いませんけれど、受講レベルは入門I1です。受講料(7月11日まで)3400円 (7月12日以降)3600円になります。
ユチューブでも先生に会えます!
大森由紀子ユーチューブチャンネル
大森先生の本を読んでみましょう!
「わたしのフランス地方菓子」(柴田書店)
「フランス地方のおそうざい」(柴田書店)
「パリスイーツ」(料理王国社)「物語のあるお菓子」(NHK出版)
「ママンの味、マミーのおやつ」(文藝春秋)など著書20冊以上。
私のおススメは物語のあるフランス菓子―おいしいレシピとエピソード です。
聖バルブのレンズ豆
12月4日、聖バルブ(地域によって「バルバラ」とも)を祝う日です。
聖バルバラは建築家や石工、砲手、消防士、鉱夫、囚人の守護聖人で有名ですが、彼女はどんな人物だったか、どんな人生を歩んだのか、聞かれたら敬虔なキリスト教徒でも答えられる方が割と少なかったりします。
コートダジュールと南フランスでは、聖バルバラの日はクリスマスの準備を始める日で、三つの小鉢に小麦またはレンズ豆あるいはひよこ豆を蒔いて、クリスマスまで育てる習慣があります。
もっとも、フランス全土で聖バルバラの日に水に浸した小麦がクリスマスに芽吹いた数によって翌年の豊凶を占うということも行われ、これらの麦はバルバラの麦と呼ばれましたが、プロヴァンスやコートダジュールでは特に意味のあるクリスマスの習わしです。
「至聖三者」を小麦またはレンズ豆の三つの小鉢で表しますので、クリスマスの食卓に三本のろうそくと芽吹いたレンズ豆(小麦)は欠かせません!皆様もレンズ豆を育ててみたいと思いますか?非常に簡単です。小鉢(小皿でも大丈夫)に綿(コットンシートがあれば便利です)を敷き、湿らしてからシンプルにレンズ豆を乗せましょう。毎日ほんの少しだけ水をやればあっという間に芽吹き、育ちます。
ノエルの準備開始!
12月。
もう既に待降節(又は「アドベント」フランス語では「アヴァン」、つまりクリスマス前の4週間)で、精神的にも具体的にもクリスマスの準備をする時期ですが、ご存じの通り今年は殆んどのフランス人はそれどころではなく、国の将来、子供の将来を心配しています。
ただ、クリスマススピリッツを忘れないように、クリスマスまでクリスマスの準備をテーマにした記事や冬レシピをアップさせて頂きます。
フランスの生まれ育ちの私にとって、クリスマスを祝うのは当たり前ですが、皆様にとって、クリスマスって何ですか?クリスマスというイベントに「意味」がありますでしょうか?非常に興味深く思いますので、是非!教えて下さいませ。
話題が変わりますが、毎年12月に入ると必ずマロンレシピを思いっきりアップする癖があることに気が付きました。明日アップします待降節のレシピ#1も、、、マロンレシピになります。ハイ。どうか笑ってやって下さい。


























